結婚は文化・風習の影響を受けるが、特に個人的差異が優先する

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結婚を「是」としているが、現代においては結婚をしない選択が充分に意味を持って存在していることも知っている。

結婚は文化・風習の影響を受けるが、特に個人的差異が優先するものである。

つまり、結婚しようがしまいが本人の自由だということだ。

結婚しないことも、たとえ同性愛としての結びつきも、本人が信念を持って行う行動なら問題もなければ何ら恥じることもない。

ただ、人はよく時代に流され、後から後悔をする。

戦争もそうだし、バブル経済もそうだ。

確たる信念もなくご時世に流されて、何となく結婚もしないで年を重ねることは決して幸せではないと思い本ブログを書いている。

結婚をしない選択をした人が30年後に60代になったとき、豊かな人的ネットワークに恵まれ、友人たちから北海の珍味や南の熟れた果実が毎日のように届き、病気になれば知人の医者がすぐに駆け付けてくれるなら何も言うことはないが、膝小僧を抱えて独り寂しく......ということも充分に考えられるのでお節介を焼いている。

"男やもめに・・"という諺が30年後にも存在するかどうかわからないが男も女も、その可能性は否定できないからである。

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